Tomoko's travel

トラベルライター/ジャーナリストの松田朝子が綴る旅の日々。旅すると更新します。

メディアの社会科見学・ANAグループ安全教育センター

 去年6月に訪れた、JAL安全啓発センターに引き続き、

先日は今年1月19日に開所したばかりのANA安全教育センターへ、

前回と同じJTWO・飛行機研究会のグループで見学に訪れた。

ここは、多摩川のそば、ANAトレーニング&エデュケーションセンターの中にある施設で、

「過去の事故から学ぶ施設をつくるべき」

という、空港勤務の若い女子社員の提案でできたそうである。

真新しいセンターの一角にあるエントランスで、我々が最初に目にしたものは、

雫石事故で空中分解した飛行機の、無残につぶれたエンジン部分。

JALのセンターでもたくさんの残存機体を見てきたが、

のっけからだとちょっとショッキングである。

「これを最初に見ていただいて、この施設内を見学した後にまた見ると、

最初とは違った印象をもたれると思います」

とは、このセンターの主席スタッフのお話。

中に入るとすぐ、雫石事故の残存部分である、

ボディーの窓部分と3列の座席などの展示が。

なんとこれらは去年新たに見つかったものだそうだ。

35年もの風雨に晒された部品としては損傷も少なく、それはあたかも、

「事故は決して風化されてはいない」とでも言いたげな風情で、

当時の様子を知らない人たちに訴えかけているようだ。

このセンターの教育内容は、

ANAにおける過去の3件の重大事故の記録を中心に、

テロやハイジャックを含めた、世界の航空事故の記録など、

社員が事故の悲惨さと、安全堅持の重要性を学ぶこと、

その点では去年見学したJALのセンターと変わらないのだが、

画期的だな、と思ったことは、ここでは、事故の起こるメカニズムや

ヒューマンファクターの分析など、一歩踏み込んだ

「事故に繋がる人の行動」を疑似体験するコーナーがあることだ。

JALもあれから変わったかもしれないが)

まずは導入映像として、過去の3大事故の記録ビデオが上映される。

1966(昭和41)年2月4日 東京湾墜落事故。

ボーイング727型機、60便の乗客乗員133人全員死亡。

単独機としては世界初。この事故を機に、ボイスレコーダー

フライトレコーダーが導入される。

(それまではなかったのか!)

同年11月13日 松山沖墜落事故。

YS11型機、533便の乗客乗員50人全員死亡。

ほとんどが新婚旅行のカップルだったそうだ。

(この年は他社を含めて5件の墜落事故)

1971(昭和46)年7月30日 雫石衝突事故。

ボーイング727型機、58便の乗客乗員162人全員死亡。

自衛隊機と接触して空中分解。

突然の事故で嘆き悲しむ人々の姿は、モノクロの古いフィルムからも、

色あせない悲しみが伝わってくる。

そして事故によって、社員たちが受ける遺族や世間から

の冷たい視線は、仲間や会社の財産を失った彼らに

鋭く突き刺さる。このあたりは、ニュースなどでは伝わらない、

社員の辛い部分なのだろう。

また、様々な展示パネルに中には、

「事故を風化させないために」と言うセクションがあり、

そこでは、当時の社員たちが事故の知らせを受けたときに

思った言葉が、時系列順に掲げられている。

それによって、事故直後、しばらくしてから、何年か経ってからの

当事者たちの、ショックから立ち直る意識の変化が伺える。

さらに、「誰にでもおこるヒューマンエラー」というセクションは、

見学者たちが実際にヒューマンエラーの疑似体験をする、「教室」だ。

各自の机には、テンキーだけのボードがはめ込まれていて、

正面のスクリーンに映し出された問題に答えていくのだ。

問題は例を挙げると、

7桁の数字が数秒表示され、それを記憶して打ち込む、

2つの数字の足し算(数字と計算に気をとられすぎてはいないか?)

など、右脳も左脳もフル動員で、さながらクイズ番組の回答者になった気分だ。

みんなで冷や汗をかきつつ出した答えには、1問1問、正解率が表示される。

あくまでこれは全員の答えを総合した正解率なので、

一人でも間違えればそれはすぐさま数字に反映される。

(ゴメンなさい~! たぶん私がみんなの足を引っ張っていました)

ちなみに我々のレベルは、スタッフいわく

「わが社の取締役クラス」だそうで、

それっていいのか悪いのか????

これはこの場では脳トレ感覚で、間違えても笑い話で済むのだが、

同じタイプのミスを、飛行機の計器を読む人や、飛行機の近くで作業をする人が冒したら、

どういう事態になるのか?

それを聞くと、とても笑い話では済まず、ゾッとしてしまう。

精密機械の小型化が進む今は、一人の人が受け持つ「人命」の数が

昔とは比べ物にならないにもかかわらず、その重さが実感として伝わり辛いという。

これはインターネットだと、一人のちょっとした書き込みが

ばっと広がって社会問題にもなりうる、 と言うのにも似ている。

その「人のちょっとしたうっかり」が、扱う機械によって

「とりかえしのつかない」ことを生む。

ここではそれを、様々な角度から学習させるのである。

最後にまた、「まとめの映像」を観るのだが、私にはこの映像が一番怖かった。

これは、誰もが身に覚えのあるようなミスでも、

それが飛行機にかかわる現場で起こるとどうなるのか、

という仮想ドキュメンタリーである。

その内容は、一見、飛行機の事故には関係のない部署の人たちの、

「ちょっとしたミス」の事例。だがそれが複合的に重なって、

飛行機が離陸と同時にドスンとしりもちをついてしまうという結末だ。

飛行機事故が起きると、世間一般ではパイロットに責任があるように言われるが、

パイロットにミスがなくとも、飛行機にかかわる他の人のケアレスミスが複合的に重なると、

事故が起こってしまう、という締めくくりである。

しかしこうした安全教育は、航空関係に限ったことではないと思う。

運輸全般、そして医療や食品業界でも徹底されるべきだろう。

毎日のように飛び込んでくる事故のニュースに耳を傾けていると、

ヒューマンエラーが原因と思われるものが結構ある。

このセンターは、社員研修施設ゆえ

誰でもウエルカムではないが、航空安全に関心のある人たちの見学も、

研修に支障がない範囲で受け入れているそうだ。